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ウルトラグリップ4000 (2)

アマゾンから足首用サポーターが届きました。
<よく冷えたビールに禁断のシエスタ>、なんてのん気なことを言ってる間に1週間が過ぎました。
なかなか痛みが引かないので少し焦っています。

仕事にならない松葉杖は強制終了し、今日からサポーターを付けて歩くことにしました。
試しにホームセンターに仕事用の小物を買いに行ったのですが、車から降りてすぐ「しまった、まだ早すぎる。」と後悔しました。
早すぎたけど歩くのはもの凄く遅い。
商品棚やレジが、なんと遠いことか。
いつもの10倍くらいの距離に感じる。
焦りは禁物です。
今は自宅でおとなしくしています。

ところでサイドテーブルの12冊のビジネス書は、まだ1冊も読んでません。(キッパリ)
あれは捻挫の2日前に決めたことです。
事業家はどんどん変化する環境に、しっかり対応しなければいけません。(言い訳)
でもこの1週間、英語はよく勉強しました。

おっと、また脱線気味です。
ホーク社製ベースコート「ウルトラグリップ4000」です。
日本語だと「超接着4000」 or 「超密着4000」かな。

日本で手に入る塗料で浴槽・浴室塗装をやっていたその昔、本当によく失敗しました。
今こうして書くと上の一行で終わってしまうのですが、現実はかなり大変でした。

「ウルトラグリップ4000」は、エポキシ樹脂製塗料です。
エポキシ樹脂は、接着性・耐温水性・耐薬品性・耐熱性・耐食性・電気絶縁性などに優れているため、私が属する土木・建築だけでなく、エンプラ(=エンジニアリング・プラスチック)として工業分野などでも広範に使われてます。

私自身も浴槽・浴室塗装を始める前から防水、防蝕、注入工事、水路・水槽・薬品槽などの塗装で、エポキシ樹脂を頻繁に使っていたから、エポキシ樹脂の持つ接着力やバリヤー性の高さが、この仕事に不可欠であることを良く理解していました。

だからこの仕事を始めるにあたりベースコート用エポキシをいろいろ探し、たくさん試しました。

最初は勝手知ったる防水・防食系塗料です。
刷毛・ローラー塗りを前提に設計してあるこの種の塗料は、性能的には問題ないのですが、施工性と仕上がりに難がある。
スプレー用塗料と較べ高粘度で厚塗りとなる。
エポキシ樹脂製塗料には、膜厚が増すと硬化時間も累乗的に増す傾向がある。
浴室開放までに1週間~10日の養生期間。
これでは非実用的過ぎるし顧客の支持も得られない。
それに刷毛目、ローラー目が出て、美しくない。

ほぼ同時進行で国産、外国製に限らず日本で手に入る浴槽・浴室用塗料も試しましたが、トップコートのみスプレーするシステムがほとんどで、エポキシ樹脂製ベースコート自体が少なかった。
あったとしても、<厚塗りタイプではあるが、硬化に恐ろしく時間がかかる>、<硬化は早いのだが今度は極端に薄塗りで、接着力、バリヤー性ともに貧弱すぎて用をなさない。>という状態で、とても使いものにならない。

これはある意味仕方ないことです。
エポキシは性能的にとても優秀で用途も非常に広範な合成樹脂ではあるのだが、吹付け塗料には向かない。

・ゆず肌やザラツキが出やすい。すなわちきれいに吹付けにくい。
・硬化が遅い。
・スプレー時に長いインターバルを取らないと後垂れしやすい。
・塗装後の塗膜表面にタック(粘性)が残り、汚れやすい。
・バフ仕上げがむつかしい。
・紫外線に弱い。etc

塗料メーカーにとっても、その性能を維持しながら、なおかつ施工性の良いエポキシ系吹付け塗料を作るのは至難の技です。
例えば、板金塗装(自動車補修塗装)の世界では、ウレタン系のプラサフ(プライマー・サーフェーサー)が主流で、エポキシ系は一部の焼付けタイプなどを除きほとんど使われていません。
理由としてまずエポキシの作業性、施工性の悪さが考えられます。
もしかすると自動車板金塗装の世界にエポキシ樹脂ほどの性能は要求されない、すなわちエポキシはオーバースペック(過剰性能)という理由もあるかもしれません。

「オーバースペック」で思い出したことがあります。
11年半前ホーク社と取引きを始めたばかりの頃、マネージャーのJohnと交わした会話です。



2液反応硬化型ハイビルドエポキシ樹脂ベースコート、ホーク社製「ウルトラグリップ4000」 (1)

五月、さつき、五月晴れ、今が一番よい季節かもしれない。
それにしても長いタイトルです。

強迫観念にかられるがごとく仕事する中小零細経営者。
そんな男が研修中に突然捻挫し、生まれて初めての松葉杖生活を余儀なくされる。

普通に仕事しようと、サポーターをしたり、姿勢を工夫するなどあれこれ試してみた。
でもほとんど仕事にならない。
もう諦めた。

事業家は諦めたら終わりです。
でも時はゴールデンウイーク、春風の頃。

諦めた男は、松葉杖をかたわらにデッキで日光浴する。
そこには小鳥のさえずり、柔らかい陽光、頬をなでる心地良い風、日々勢いづく緑や名も知らぬ花たち、そしてよく冷えたビールと禁断のシエスタがあった。
天の恵みとしか言いようがない。

前に「ゴールデンウイークは嫌い」なんて書きましたが訂正します。
なんの気兼ねもせずこんな贅沢が出来るゴールデンウイークが好きです。

こんなゆるんだ状態で、リグレーズの11年半を振り返ってみた。

2液反応硬化型ハイビルドエポキシ樹脂ベースコート、ホーク社製「ウルトラグリップ4000」

これに尽きると確信した。

11年半の間に10社以上の代理店本部、FC本部が経営破綻し姿を消した。
20年前まで遡ると5社以上の塗料メーカーが、浴槽・浴室専用塗料の製造販売から撤退した。
経営破綻と撤退の理由は、工事瑕疵の多発だ。
それほど日本に於ける浴槽・浴室塗装はむつかしい。

辺鄙な田舎町の吹けば飛ぶような零細企業。
そんな私たちがこの業界で今日まで存続出来たのは、「ウルトラグリップ4000」のおかげだと思う。
少なくとも「塗料」という観点から見ると、理論上経験上、ともにこういう結論になります。

また詳しく書きます。



ケンケン(2)

整形外科に行ってきました。
レントゲンの結果、左足首は単なる捻挫と判明し安心しました。
2ヶ月前のジョギング中に痛めて以降、あまりに治りが遅いので、ヒビでも入ったんじゃないかと心配していたのです。
骨折だと仕事への影響が大き過ぎる。
だから喜びもひとしおだったのですが、診察と治療は大変でした。

医者嫌いという訳ではないけれど、あまり病院に縁のない私が「せっかくだから長年の腰痛もついでに診てもらおう。」とセコイこと考えたのが間違いの始まりです。

痛いのは前日ひねった足首なのに、なぜか医者は腰に執着する。
「椎間板ヘルニアの疑いあり。」と連休明けのMRI検査が決まる。
「あなたのように病気と無縁と思い込んでる人が、一番危ないんだ。」と血液検査もする。
(足首の捻挫と血液検査にどういう関係があるんだ? それに「一番危ない」ってどういうこと?)

「いっぱい出しときますからね。」と腰のための飲み薬やシップを4週間分も処方してくれる。
足首はシップと弾性包帯だけ。
わが家にはサロンシップもあるし、私のガムテープ製弾性ギプスは優秀だ。

悲劇は診察台にうつ伏せている時起こった。
医者が腰椎周囲のいろんな箇所を指で強く押す。

「ここ痛いですか?」
「いいえ全然痛くないです。」

「こっちはどうですか?」
「いいえ」

こんなやりとりが何度か続く。

医者が全体重を指にかける。
「ここは(さすがに)痛いでしょう?」
「いや格別痛くないです。」

「ほう」と医者が変な声を発する。
私はその不満そうな声に不安を覚えた。

渾身の力で医者は腰椎そばの筋肉を押す。
「これならどうだ!」と医者が小声で言ったような気がした。
彼の指がギリギリと私の肉に食い込む。
私は「イッ、痛いですう~!」と悲鳴をあげた。

満足そうな医者が、「やはり状態がそうとう悪い。痛み止めを打っときましょう。」と看護士に注射の準備を指示する。
「ブルー針出して。ほらあの針が長~いやつ。」

「ブルー針? 聞きなれない名前だな。」
「腰の状態が悪いのは昔からだけど、今はまったく痛みが無いのに何で痛み止め?」
などとぼんやり考えてると「糖尿病とかありますか?」と医者が聞く。

「糖尿病?」
我に返り、「長い間医者にかかってないので、分かりません。」と答える。
私は「糖尿病患者に副作用のある薬か。だったら検査してからの注射だな。」と安堵する。

そしたら医者は「ふむ、分かりませんか? まー(どうでも)いいですわ。」などと言う。
私が、「どうでも良くはないでしょう。もし副作用が出たらどうするの?」と思うより早く、医者は「針が長いから痛いですよ~。」と言いながら腰椎4番と5番の間、その左側にグイと針を刺し込む。
電光石火の早業だ。

異常に針を刺し込んだままの時間が長い。
副作用が怖い。
私は「痛いのは足首で、きょう腰は全然痛くないのに・・・。」、「<せっかくだから>とか<ついでに>なんて腰を診て貰うんじゃなかった。」と涙目で後悔した。

やっと針が抜かれる。
幸い副作用らしきものは現われなかったし、これでマイスイートホームに帰れると私は喜んだ。
診察台から起き上がろうとしたら、背中を押さえる医者の腕に力が入り、私は身動きできない。
「國米さ~ん、まだですよ~。右側にも1本行きますからね~。」と医者のうれしそうな声が聞こえる。
「ここで死ぬかもしれん・・・。」
私は覚悟した。

生まれて初めての松葉杖を使いながら病院を出た。
緊張と恐怖のあまりボンヤリした頭で考えた。
「あの痛くない腰への、あの痛い2本の痛み止め注射は、私の人生と健康にとって一体どういう意味を持つのか?」
血液検査、MRIの結果と、その後の治療を恐怖する自分がいる。

腰の痛みは悪化した。
生暖かい春風を頬に感じながら、私は復讐を固く誓った。


(追伸)
今朝起きたら、左足首の痛みがだいぶ軽くなっていました。
きのうのショックで足首の痛みが、腰に移動した感じです。
もしかしたらあの先生は、最新の演劇理論により患者の恐怖心を活用する、劇的名医なのかもしれません。



ケンケン

2日間の岡山技術研修は無事終わりました。
5名の参加です。
多彩多様な顔ぶれです。
だからプログラムはいつもと同じでも飽きることがない。
2日とも夜遅くなってしまったが、とても楽しかった。

2ヶ月前ジョギング中に傷めたまま放置していた左足首が、昨日午後4時頃悲鳴をあげた。
トップコート吹付けを皆でやってる時、機材を移動しながらエアホースを踏んづけてしまった。
左足首内部で「ビキーンッ!」と大きな音がした。(そう私には聞こえた。)

Oh, my goodness!!
あまりの痛みに右手にスプレーガン、左手にエアホース持ったまま、ケンケンで研修会場を2周した。
ケンケンしながら「オーッ、生きとるぞ~!」と実感し、「研修の最終盤で良かった。何とか責任を果たせる。」、「明後日から何の仕事も入ってないゴールデンウイークで良かった。誰にも迷惑かけずに済む。」などと考えた。
案外私は真面目で働き者、そして自分で思ってるより好人物なのかもしれない。
人間が激痛を音として感じることにも驚いた。

事情が分からない受講生の皆さんは、「リグレーズではタックフリー(指触乾燥)を待つ間ケンケンを続けるのか。結構きつい工法だな。」と誤解されたかもしれない。

少し落ち着いてからギプス代わりのガムテープを足首にグルグル巻きし、スプレーを続けた。
昔から家族に「お父さんは、何でもかんでもガムテープで直そうとする。」と良く笑われた。
私は「ガムテープだけじゃないよ。セロテープも使うし、洗濯糊や高性能エポキシを使うことだってあるんだ。」と反論した。

たしかに不器用で大工仕事など苦手な私は、物の修理にテープや糊を多用する。
そのくせ仕事のマスキングは下手糞だ。
ガムテープ製簡易ギプスのおかげで、何とか研修を最後までやれたことがうれしかった。

あれからずっと右足のケンケンを続けてますが、体力の限界と右足首の違和感を感じ始めています。

「ギプスでもされたら仕事に支障が出る。」
そう拒み続けてきた病院行きですが、このままだともっとマズイことになりそうだ。
今日妻の軍門に下り、おとなしく整形外科に行きます。

ところで、「ケンケン」は標準的なオノマトペ? それともこの辺りの方言?



GWは嫌い?

明日、明後日の岡山リグレーズ研修と次の月末27日が終わったら、9日間のゴールデンウイークが始まる。
特にうれしくない。

この1年、意識的に土日や祭日に仕事を組み込んでいる。
子どもたちが全員家を出てからは、土日祭日だからと言って特にすることもない。
世間が休みの日は、電話やメールが少ない、材料発送など定型業務が少ない、街が静かだ、道路も空いている、など技術研修や現場施工に集中するのに打って付けだ。
それに生来天邪鬼の私は、皆が休みの日に仕事し皆が仕事の日に休むことに、たわいない快感を覚える。

だから先週、先々週の土日は、明石市と堺市でのリグレーズ現場研修兼出張施工を組み込んだ。
その前の週も東京で技術研修をやった。

でも、さすがにゴールデンウイークは、研修も現場も組みにくい。
せっかくの長期休暇なのに、何も仕事の予定が入ってない。
だからうれしくないし、なんだか途方に暮れている。

書きながらサイドテーブルに積まれた12冊のビジネス書を思い出した。
アマゾンで最近買った同じ著者の本だ。

「よし、これを全部読もう!」

私にとっては、読んで理解することより、この<全部>が大切です。
誰も期待しないでしょうが、結果をこのブログで報告します。


東京研修と京都

4月7日8日の東京研修は無事終わりました。
8社10名の参加で、慌しくはあるけれどとてもいい研修になりました。

このブログにも何度か書きましたが、浴槽・浴室塗装業界には今確実に追い風が吹いています。
日本や世界の経済状況、社会状況を考えると、今後何十年に渡ってこの風が吹き続けることは明らかです。(と、私は、勝手に確信しています。)
だから昔と較べて参加者のモチベーションが高い。
良い研修になるのは当たり前です。
ありがたいことです。

5日にわざわざ津山まで足を運んでくれた業界紙Ⅰ記者が、7日午後今度は東京研修の取材に来られました。
リグレーズが今までやって来たこと、今やってること、これからやろうとしていることは、じゅうぶん取材に値すると思う。
しかし、それを推進する私は、色々な意味でそれに値しない。
だからⅠ記者、記事をまとめあげるのにたいへん苦労されるでしょう。
申し訳ないことです。

研修が終わった昨日は、妻と午前4時起きでホテルを出ました。
6日東京へ向かう車中で咲き始めた桜を見ながら、「帰りに京都で花見をしよう!」と決めていたのです。
時間は限られていたけれど、平安神宮と銀閣寺で花見をし、料亭で京料理を食すことが出来ました。

<東京研修に夫婦で行く時は、かならず子どもたちと夕食を共にする。そして帰りには毎回早起きして、どこかを3~4時間観光する。>
地球で暮らす時間は短い。
だから、自分にとって大切な仕事はもちろんのことだが、それ以外のことも目一杯やった方がいい。
それにこのスタイルだと、忙しい妻も東京に同伴してくれます。
今後これが東京研修の定番、必須アイテムになるでしょう。

京都では、スペイン語やポルトガル語を話すラテンアメリカの人々と、中国語を話す観光客が、「ここは本当に日本?」と思うほど多かった。
観光業への原発問題の影響はおさまったということか、それとも政府が対象国を絞って何か助成策を講じているのか?
咲きこぼれる桜を見てると、「また税金の無駄使いやってないか?」なんて疑問は吹き飛ぶわけですが、それでも今度調べてみましょう。



間違いだらけの人生

「間違いだらけの人生」
ちょっと大げさです。
でも事実です。

月曜、火曜は忙しかった。
でもきのう水曜日は、とつぜん暇になった。

思うところあって、この2ヶ月仕事のPRの仕方に少しずつ変更を加えている。
2月3月は、FaxDMを試した。
悪くはないが、それほど良くもない、微妙な結果。
次は、文章、特に文体を変えてみよう。

4月5月は、活字媒体を試すことにしている。
6月は、まだ正式には決めてないが、おそらく展示会に小規模出展する。

3月下旬、業界紙2紙に小さな広告を出すためコンタクト。
1社は4月4日、昨日が原稿提出締め切り日。
もう1社は広告でなく、まず無料で取材記事を載せてくれるという。
その取材日が、やはり4月4日。

長い間インターネット広告ばかりで、活字媒体を使うのは久しぶり。
写真を撮ったり、原稿を書き直したり、取材で何をアピールするかを考えたり、私はこの2社への対応でいっぱいいっぱい。

そしたら月曜日に別の広告代理店から、某全国紙の広告枠に急な空きが出来たので、破格の値段で(?)1府10県向けに出稿しませんか、と勧誘の電話。
普通この手の勧誘は必ず断わるのですが、破格の値段につられて(笑)、OKしてしまった。

今はいろいろ試し、自分たちに適した発信方法を模索する段階なので、「ま、いいか」となった次第です。
ただこの件の原稿提出期限も昨日、4月4日だった。

一昨日から昨日の朝にかけてパニック状態でした。
昨日は、午前10時すぎにJR津山駅まで取材の記者を迎えに行くことになっていた。
でも私は、2原稿の校正とメール添付で2箇所に写真を送ることで精一杯。

いつものことではあるが、ギリギリになって妻に迎えを頼む。
妻:「記者の方のお名前は?」
私:「えーと、度忘れした。ちょっと待って、受信メールで調べる。」

メールソフトを立ち上げる。
遅い、時間がないんだ!
で、名前は?

「4月5日(木)、午前10時24分、JR津山駅に・・・。」が目に入る。

4月5日? あしたじゃないか!

私が「ジョエルごめん! あしただわ。 信じられん!」みたいなことを叫ぶ。
春休みで家にいる息子が「おとうさーん・・・。」みたいなことを言いながら笑ってる。
妻が「大丈夫、大丈夫! 約束が昨日でなくて良かったわね!」みたいな感じで私を慰める。
私は「えっ、昨日?」と一瞬ドキッとする。
(とっさにこういう慰めの言葉が出るのは、とてもフランス的です。妻は相変わらず私をコントロールするのがうまい。たしかに昨日でなくて良かった~。)

「間違いだらけの人生」のおかげで、昨日はとつぜん時間に余裕ができました。
「間違いだらけの人生」のおかげで、取材が一昨日でなかったことに心から感謝することができました。
「間違いだらけの人生」のおかげで、今朝は万全な状態で取材に臨めます。
「間違いだらけの人生」のおかげで、今日の午後じっくり東京研修の準備をし、明後日の朝早目に出発できます。
「間違いだらけの人生」のおかげで、今こうしてノンビリ投稿できてます。
「間違いだらけの人生」は、良いことばかりです。

たしかに、小さな間違いのおかげで、心と時間に余裕ができました。
次の間違いでまた心と時間に余裕ができたら、「人生における<間違い>の効用」についてゆっくり考察してみます。



不思議な時間

研修2日目が終了した日曜日の夕方、とても不思議な時間を経験した。

午後4時半頃、私が「これですべてのプログラムが終了しました。みなさんお疲れさまでした。」と終了宣言をする。
外はまだ明るい。

2日間の研修を終え、打ち解けた雰囲気の中、皆でコーヒーを飲む。
この業界の話や四方山話を、しばし楽しむ。
と言っても3人の技術スタッフは皆さん寡黙で、話してるのはほとんど私とリーダーのE社Y部長だけ。

普通はコーヒーを飲み終わったあたりで、「今後ともよろしくお願いします。」とお開きになるのだが、今回は何故かそうならない。
なんとなく話が続く。

1時間半が経過した6時頃、そろそろ話題が底を尽き始める。
私は心の中で、「これから車で遠くまで帰られるし、明日は月曜日で普通に仕事なのに、どうしたんだろう? 何か重要な話でもあるんだろうか?」と何度も自問する。

徐々に居心地の悪さのようなものが漂い始める。
Y部長と私は、間をもたすため、必死で話し続ける。

話し上手なY部長は、次のようなエスニックジョークに絡めて、日本でのビジネス展開のコツを話される。



様々な民族の人が乗った豪華客船が沈没しそうになる。
それぞれの乗客を海に飛び込ませるには、どのように声をかければいいか?

・ロシア人には、海の方をさして「あっちにウォッカが流れていきました」と伝える。
・イタリア人には、「海で美女が泳いでます」と伝える。
・フランス人には、「決して海には飛び込まないで下さい」と伝える。
・イギリス人には、「こういうときにこそ紳士は海に飛び込むものです」と伝える。
・ドイツ人には、「規則ですので飛び込んでください」と伝える。
・アメリカ人には、「今飛び込めば貴方はヒーローになれるでしょう」と伝える。
・中国人には、「おいしい食材が泳いでますよ」と伝える。
・日本人には、「みなさん飛び込んでますよ」と伝える。
・韓国人には、「日本人はもう飛び込みましたよ」と伝える。

(Wikipediaより引用)



私は私でつまらんオヤジギャグを連発する。
それでも6時から7時まで最後の1時間は、少し苦しかった。
二人ともなんとか頑張って話し続けようとするのだが、もう話題がない。

「一体いつまでこんなことが続くんだろう?」
2時間が経過した6時半頃、居心地の悪さが焦り、不安、疲労へと変わる。

皆なんとなく、黙って下を向く時間が増えて行く。
時々互いの顔をそれとなく窺う。
私とY部長の目が何度か会う。
その度に、お互い最上級の笑顔を交わす。
(今思い出すと、このぎこちない笑顔が一番笑える。)

2時間半が経過した午後7時、不安が頂点に達したY部長から「あのー、次のプログラムは何でしょうか?」と遠慮がちな質問。
エーッ! 研修は2時間半前に終わってますよ!!!」
私の頭の中は真っ白となり、外はもう真っ暗だ。

私は、超高層ビルから真っ逆さまに落下するスパイダーマンが、クモの巣を壁に粘着させ、ビヨヨーンとぶら下がるシーンを思い浮かべた。
何故だろう?

結局Y部長は、午後4時半外で携帯電話で話しており、私の終了宣言を聞いてなかったことが判明した。

私は訝しく思いながらも、「なぜ皆さん帰らないんですか?」と口に出来なかった。
早く帰って欲しがっていると誤解されるのが怖かった。
Y部長はY部長で、「なぜ次のプログラムを始めないんですか?」と聞けなかった。
催促してるように取られるのを危惧されたんでしょう。
E社3人の技術スタッフも私たち二人に遠慮して、じっと耐えていた。
その結果が、あの最上級の笑顔交換だ。

互いに遠慮しながら、史上稀に見るぎこちなさで2時間半を共に過ごした。
奥ゆかしき私たち日本人! まさにエスニックジョークの世界だ。

翌日私の方からY部長に、お礼と慰労の電話を入れた。
ふたりで「きのうは、実に貴重な時間を過ごしましたねー。」と笑い合った。



岡山研修

今日は岡山での研修です。
午前5時過ぎ、外は雨。
研修の日はだいたい早起きです。

息子が東南アジアの旅行から、しっかり日焼けして帰って来ました。
タイは別として彼が行ったベトナム、ラオス、カンボジアは、かって仏領インドシナと呼ばれたフランスの旧植民地です。
それぞれが苦難の歴史、複雑な近代史を持ちます。

息子は、現地で会う日本人からは欧米人と勘違いされ、欧米人からは少し変わったアジア人と思われ、現地の人々からは「???」との反応を返され、少し困惑したようです。

19年間、「君は君」と言う感じで息子との時間を過ごして来た私にはいささか驚きですが、母親がフランス人であることを思うと、当たり前のことなのかもしれません。
いずれにせよ旅に出たからこそ経験出来たことです。
近い内に留学とか言い出すかもしれないし、言い出さないかもしれない。

下手に留学なんかすると就職戦線で不利になる?
もしそれが事実なら、その国や社会の方がおかしい。
本当にやりたいと思うことをやったらいいんだ。

「ムムーッ」
この男は(私のこと)、ずっとこういうノリで仕事をやって来た。
その結果、回り道ばかりしているし、歩みも遅い。
後悔はしてないけど、人生思い通りには行かない、とも思う。

「ムムーッ」
これでは、自分の子ども達や若者達に贈る言葉にならない。

裏返してみよう。
「人生思い通りには行かないかもしれないが、悔いの無い人生を送ることは出来る。」
今日の研修も全力疾走だ。



そろそろ映画でも観よう。

暖かい一日でした。
明日木曜日は土日の東京研修の準備です。
今回は7社11名の参加なので妻も同行してくれます。
この人数になると一人で2日間切り盛りするのはいささか厳しい。
金曜の夜は、就活中の次女と食事です。

今末っ子の長男は、タイ、カンボジア、ラオス、ベトナムをバックパッカーしてます。
19歳が一人で3週間。
本人は全く平気のようですが、こちらはちと心配です。

今日タイの空港にいる長女とスカイプが通じました。
話してる途中で「お父さん、これからバリ行きの飛行機に乗るから、また後でね!」と消えました。
こっちは旅行慣れしてる彼氏と一緒だから安心です。

タイには35年前に行ったことあるけど、後はどこも知らない。
アンコールワットやバリの海辺、行ってみたい。
しかし、私も負けてはいない。
明後日から車で東京へ出稼ぎの旅。

今日の仕事はこのくらいにして、スカパーで映画でも観ます。

(肩の力を抜きながらの投稿に挑戦してみましたが、慣れないことをすると逆に疲れます。)



有明月

私の仕事部屋の窓は西向きです。
昨日も今日も、午前6時にカーテンを開けると、西の空に大きな月がポカンと浮いていた。
意表をつかれた。

ネットで調べた。
満月を過ぎた月で、”有明月”、”十六夜月”と呼ぶらしい。

きのうの朝、研修用の資料を整理しながら空を眺めていた。
時間とともに月の姿は不鮮明になって行く。
午前8時には完全に姿を消した。
今朝もまったく同じ。

普通明るくなると世界や物ごとが良く見えてくる。
月はその逆だ。
東の空で太陽が明るさを増すごとに、有明の月は見えなくなる。

月にとっての光は、人間にとっての時間と似ている。
人の記憶も過ぎ行く時間が多くなるにつれ不鮮明となり、やがて消え去る。
しかし、見えなくなった午前8時の有明月が、実は同じ場所に存在していると同じに、消え去ったかに思える記憶もそこにある。

見えないけれど、確実にそこにある数々の物と事。
自然の中だけでなく、人の心の中にもそのような事象が満ち溢れている。

3.11
1年が過ぎた。
物理的距離だけでなく、色々な意味で遠いところにいる自分の限界を感じる。
認知する力の限界を感じる。

昨日3月11日の午後2時46分、私は研修をやっていた。
必死でやっていた。
研修のこと以外何も考えていなかったから、2時46分に気付かなかった。

認知を、「あざやかな光の中で、明確に見える事象を知覚し理解すること。」とあえて定義する。
認知力は、太陽の光の中で機能する。
月は自ら発光しない。
太陽光を反射しているだけだ。
記憶は過去の事実の反射とも言える。
月と記憶は似ている。

朝の光の中、中空に浮く月に感動した。
しかし、その後見えなくなったがそこにある月の方が、もっと私の心を揺さぶった。
時間の経過とともに薄れて行く記憶も、実は私たちの中で不鮮明になればなるほど、その力を増しているような気がする。




Fifiteen days ! (日数修正)



先ほど「Twenty days !」を投稿する時 FC2 の管理者ページで、2月23日の夜書いた自分の投稿を見つけた。
下書きのままアップロードを忘れていたようです。
最近ほんとに忘れっぽい。



(以下、2月23日の投稿)

何年ぶりのことだろう、いや十何年ぶりかもしれない、休みでもないのに本を読んだ。
仕事柄そして立場上、休みはないようなものだから、何年あるいは十何年まともに本を読んでないことになる。
われながら、とんでもない人生を送ってるもんだ、とあきれる。

先日、一日の仕事を終わり、妻と「おたがいお疲れさま」と飲みながら話してる時、
「リグレーズとデカルクを始めてから読書とかプライベートな旅とあまり縁がないね。」
「昔はそのことが悔しかったけど、今はそうでもない。」
「いつの間にかリグレーズとデカルクに埋没することが、僕にとっての旅や読書になった気がする。」
「それに子どもたち3人が成長して、僕らの代わりに目一杯旅行や読書をやってくれてる。世代交代ってこともあるし、これでいいんだよね。」
と、特別深い意味もなく言った。
(いや、わずかに自嘲気味だったかもしれない。)

そしたら妻がちょっとおこった感じで、
「私は本も読みたいし、いろんな所を旅したい。」
と言った。

予想外の反応に驚いた私は、いろいろ苦しまぎれの説明を試みたが、さらに泥沼にはまった。
そしてその後数時間口をきいてもらえなかった。

18日、研修1日目の夜、イタリア料理店でそのことを息子に話したら、「そりゃー、お母さんの言うとおりだよ。」と一蹴された。

最近うすうす感じているのだが、どうも母親と子供たちの間には、父親の私には分からない別言語というか、共感というか、暗黙の了解のようなものがあるようだ。
子供たちが成長するに連れ、この別言語が進化している。
だから浦島太郎みたいに私だけ会話について行けないケースが増えている。

俗世間で意味もなく百戦錬磨の私は、数々の失敗を通じて、慣れない土地で浦島太郎が戦うことの不利を理解している。
だから、息子に「ナンデ?」と聞きたかったのをグッと我慢して、さっさと別の話題に切り替えた。

実は、妻が「私は本も読みたいし、いろんな所を旅したい。」と言った時、私は驚くと同時に「そーなんだ、今も若い時と同じ好奇心を持ち続けてるんだ!」と内心喜んだ。
だからと言って妻の言葉に触発されて久しぶりに本を読んだ訳ではない。
(いや、そうかもしれない。)

孤闘 Fighting Alone (斉藤実)

今の私に難解だったり、読破に時間がかかる本はとても無理だけど、ヨット単独世界一周に関するこの本は、「うんうん」と相槌打ちながら一気読みできた。



Twenty days !

気がつくと20日間もブログから遠ざかっていた。
最近ではめずらしい。

日常の慌ただしさでしょうね、原因は。
中小零細企業経営者の宿命です。

これに加えて、こういう時に限って本を読み込むなどして、事態をますます混乱させる。
これは<天邪鬼>という私個人の宿命か。

とはいえ11年間も続けたこのブログ。
この程度のドタバタでは中断しない。

今まで何度も感じ、考えたことですが、こういう時は肩の力を抜くのがいい。
「おはよう」
「今日はあったかいね」
みたく気軽な投稿から再開します。

最近あったかくてウキウキしますね ♪



晴れ

昨夜10時頃ホテル到着。
今回は普通のシングルが満室で、止むを得ず19階のプレミアムルームとやらを予約した。
法人割引がなかったら、まず使わない値段です。

部屋に入って首をかしげた。
部屋の大きさは同じ、備品もほぼ同じ。
premium って、「上等な、高級な、特別の、割増の」と言う意味のはずなんだが、このホテルの解釈は「割増」だけ?

いやいや「プレミアム」が、ちゃんとありました。
デスクに大きなノートパソコンがある。
でもこれは邪魔でしょ。
私のパソコンを置く場所がない。
ホテルのパソコンを片づけ、私のパソコンを設置するのにずいぶん時間がかかった。
「特別」に面倒な片づけを「プレミアム」と呼ぶのは無理がある。
いささかガッカリ。

しかし、けさ理由が分かりました。
カーテンを開けると日本晴れ。
しかし窓ガラスが結露して景色が良く見えない。
手でガラスを拭くと突然富士山が現れた。
たしかに冠雪した富士山は美しい。
これが「プレミアム」。

借景を「プレミアム」と呼び、数千円割増料金を取る。
賛否両論でしょうね。

毎日を社会の下層で生きる私には、19階という上層からの眺めはひときわ新鮮だし、法人割引で割増分もほぼ相殺されたので、おおむね満足です。
さてシャワーを浴びて研修に行きましょう。



東京へ

ぼちぼち東京行きの準備を始めている。
自室の窓から静かに降り続ける雪が見える。
まだ積もっていない。

この西向きの窓から見える風景、なんにも変わったところはないけど結構気に入っている。
今もゆっくり落下する雪の向こうにいろいろなものが見える。
遠い西の空、シルエットだけの低くてなだらかな山、のんびりした風情の人家、人家の間を走る道路、その道路を行き交う車、みんな出勤途上だ、田んぼ、川、枯れ草、隣家の駐車場、斜めに舞い降りる雪、冷えた窓ガラス、そして私の体の前面、表側。

具象的に見えないのは、この風景を見ている私の目と体の後面(裏側)くらいのものか。
確かに私の目は、鏡を使わないと見えない。
鏡に映る目と私の目は別物だ。

私の目は、外の風景やこのディスプレイに今も打ち続けられている文字、たとえば、、、、今書いた「たとえば」を見ることが出来る。
でも、こうして見ている私の目自体は、鏡の中では見ることが出来ても、外の風景のようには永遠に見ることが出来ない。
今さらではあるが、そのことに気付き何か釈然としない。

この世界で見えるものと、見えないものの量的比率はどうなっているんだろう?
それと今、たくさんの物は見えるのだが、音は無い。

昨日から福山のホテル施工が始まっている。
工期が短いのできっと慌ただしい。
愛知の谷さんと長野の林さんが応援だ。

私は私でこれから研修のため一つの忘れ物も無いよう完璧な準備をし、9時間あまり高速道路を走る。
見える、見えないと言ってる場合ではない。



handheld infrared heat lamp そして、灯台もと暗し

おだやかな日曜日でした。
研修はやってません。
かわりにFedexで着いたばかりのHawk社製品を、昨日からあちこち発送していました。

「handheld infrared heat lamp そして、灯台もと暗し」
今日のタイトルは、リグレーズで使う<手持ちタイプの赤外線ランプ>から来ています。

10数年愛用した塗膜乾燥用赤外線ランプ「ハンディーPB」の製造が数年前に終わりました。
しばらくは販売店在庫でまかないながら代替品を探し続けたのですが、数少ない国内の製品はどれも「帯に短し襷(たすき)に長し」でしっくり来ない。
その上、止むを得ず使っていた代替品メーカーが、突然大幅な値上げをした。
このメーカーのランプは、連続照射可能時間がとても短い上に、すぐ球切れする。

いっさい品質改良などせず、他社の製造打ち切りに合わせて70%もの値上げ。
いわゆる便乗値上げです。
品質が良くてリーズナブルな価格の製品を、やむを得ぬ事情で値上げするなら問題ありません。
しかし品質は悪いままで一気に70%もの便乗値上げでは、ふつう納得できません。

ハンドヘルドタイプ製品のマーケットは小さいから、残ったメーカーは国内に2社しかない。
その2社ともが同時に便乗値上げした。
だから私たち浴槽・浴室塗装業者や自動車板金塗装業者は、この赤外線ランプを使うしかない。
要するに足元を見られてる訳です。

(たまたま今しがた「メイド・イン・ジャパン 消滅!」という本が、Amazonから届きました。本の内容とは直接関係ないのですが、たしかにこんな姑息な価格決定や低品質な製品を作り続けてたら、少なくともこのランプメーカー2社は消滅するでしょう。)

たとえ仕事のためであっても、不条理と思えること納得できないことに、<止むを得ず>とか言い訳しながら従うのは、誰でもいやです。
私もです。

そんなことしたら、ヘボ電球がますます現場でパチパチ球切れする、おかげで私はイライラして塗装に失敗する、気分が悪いもんだから家に帰って妻と夫婦喧嘩になる、良く言うところの夫婦不仲が原因で経営不振に陥る、やがて私は欝となり家族からもリグレーズの皆さんからも見離され「俺の人生は、いったい何だったんだ!?」と早死にする。

たかが電球のことで大袈裟です。
ただ私には、リグレーズの皆さんにこの種の製品を紹介する義務と責任もある。
だから必死で赤外線ランプ探しを続けた。

アメリカ、カナダ、フランス、ドイツ、イギリス、ベルギー、ドイツ、中国、インド・・・。
Hawk社に問合せたり、Alibabaに掲載されてる中国メーカーに連絡取ったり、ヨーロッパは妻に手伝ってもらったり、Googleで倒れるくらい検索しまっくたり、ほとんど病気です。
でもいいのがありません。
情けないことに「理不尽でも受け入れるしかないか・・・。」と妥協しそうになった時もありました。

そしたらですね。
「あれー!?」、「アレー!?」、「アレレー!?」
昨日の午後、ボンヤリしてる時に突然思い出したのです。

仕事がらみの未使用品や中古品がうずたかく積まれた倉庫、その中に眠る懐かしい赤外線ランプ。
ホコリとガラクタの中に答えはありました。
良くあることです。

10数年前、どの赤外線ランプにするかいろいろ検討していた時、3番目くらいの候補で却下された製品です。
とても単純なぶら下げ式の裸電球。
ハンドヘルド(手持ち)タイプにこだわるあまり、すっかり忘れていた。
ハンドヘルド式600ワット球が、1球20,000円前後に対し、裸電球式375ワット球は、1球2,000円、1/10の価格。

当時は、重量、形状、使い勝手などを考えて、<裸電球方式はダメ。10倍高くてもハンドヘルド式。>となりました。
しかし10数年使い続けている内に、<浴槽・浴室塗装で、素早くそして均一に塗膜を硬化させるためなら、裸電球タイプで充分。>と、まず体験を通して気付き、次に理論的に納得していたようなのです。
にもかかわらず<ハンドヘルド>が、頭にこびり付いてるもんだから、そのことを思い出せなかった。

この、想念のこびりつき=こだわり=思い込み=先入観=固定観念は、実に厄介だ。
死角からこっそり忍び込み、静かに私たちをコントロールする。
わざとあらぬ方向、解のない方向に煌々と光を当て、解とその周囲の照明は暗くする。
そうなると私たちの意識は、羽虫のように強い光に向かう。

コンビニの誘引灯(誘蛾灯?)に突進しバチバチと弾ける羽虫。
探しものは足もとの薄暗がりにあるのに、「ハンドヘルド!」、「ハンドヘルド!」と叫びながらアリババに殺到してた時の私がそうだ。

灯台足もとの<暗さ>より、自分の頭部の羽虫なみの<暗さ>に落ち込んだ。
ただ、この<思い込み>とか<暗さ>を仕込んでるのは私たち自身なのだから、これを撃退することも不可能ではない。
私の場合は、ボンヤリしてる時の「アレレー!?」だった。

何れにせよこの種の<暗さ>が、私たちの仕事や日常生活を思ってる以上に支配してるような気がする。
「あなたの頭の中だけよ。」と声が聞こえた、モナリザ。

ま、この声はともかくとして、突き詰めて考えたり必死に探し続けるだけでなく、時には<ボンヤリする>、<鯨飲する>、<シエスタする>、<音楽を聴く>、<瞑想する>などして、頭を空っぽにすることも大切な気がする。
「あなたの頭はとっくに空っぽよ。」と声が聞こえた、モナリザ。
そういう意味じゃないんですけど。

きのう私は、うずたかく積まれホコリだらけのガラクタから答え(赤外線ランプ)を見つけた。
ただこれは、実際に私が倉庫でガラクタと格闘している時に起こったことではない。
<私>がボンヤリし、何も考えず、何も探していない時に、<向こう>から突然ひとかたまりの想い(答え)としてやって来た。

この<向こう>とは実在する倉庫のガラクタ、つまり現実の世界ではなく、私の頭の中にあるモヤモヤとして捉えどごろのない世界のことだ。
脳内の<向こう>には、ホコリをかぶったガラクタ、すなわち潜在意識、雑多な記憶や感情、獣的な情動などが、いつ訪れるか分からない出番を待って身を潜めている。

大切な探しものや難問への答えは、得てして私たちが必死で探したり考えたりしている時には見つからない。
むしろ探すことも考えることも止め、ただボンヤリしてる時、<向こう>から挨拶もなしに突然やって来る。

もちろんいつもこうなる訳ではない。
何も起こらないことも良くある。
それと<向こう>から来るためには、事前に<こっち>で相当量の探索業務をやっておくことが必要だ。

だから私のように音楽や瞑想に縁がなくただ迷走するだけの飲酒派は、まず空っぽの酒ビンを地道に積み上げる、次に死んだように1~2時間シエスタすることですべてをリセットする、目覚めたら空っぽの状態で新しいスタートを切る、そんなところから始めれば良い。

ここまで書いて、<向こう>を潜在意識、<こっち>を顕在意識と読み替えれることに気付いた。
我ながら余りにありきたりで、書き続ける意欲を一気に失った。



しんしんと雪が降っています。
朝から今まで、ずっと降り続いています。
とても静かです。

今年は雪が良く降るし、気温も例年より低いような気がする。
冬らしくていいのだが、日本経済、世界経済の不調を考える時、気温の低さと相まって寒気さえ覚えますね。

今日の朝日新聞1面に「国内最大手の三菱UFJ銀行が、日本国債の急落に備えた危機管理計画を作った。」とあった。
こういう記事は、今までほとんど表に出て来なかった。
あるがままの事実なのか、それとも消費税増税に向けての地ならしか、あるいはその両方なのか、もっと他の事情があるのか・・・。
いずれにせよ、何か裏があるんじゃないか?と勘ぐりたくなる唐突さだ。

三菱UFJ銀行は、たとえば<金利が3.5%になったら期間10年以上の長期国債約3兆円を売り、約束どおり返済される可能性の高い短期国債に買い替える。>など、ずいぶん細かい計画を立てているようだ。

国内銀行だから今のところ、<約束どおり返済される可能性の高い短期国債に買い替える。>と言ってるが、もし返済される可能性が低くなったり、損失が拡大しそうになったら、もちろん短期国債には買い替えないし、保有する国債をさらに売り払うだろう。

他のメガバンクも各々基準は違うけれど、状況が悪くなれば「売る」とはっきり言っている。
これは金融機関、機関投資家としてごく当たり前の姿勢だ。

メガバンクが国債を大量に売る事態になれば、保険会社も投資信託もノンバンクも、そしてもちろん海外投資家も右にならえで売りに走る。
そうなれば、国債の価格はあっと言う間に暴落し、金利は暴騰する。
ギリシャやイタリアとどこも違わない。

「9割以上を国内で消化しているから、日本国債は安全です。」
「ヘッジファンドや海外投資家と違い、国内の機関投資家は国債を売り払って日本経済ひいては日本国を窮地に追いやるようなことはしない。だから日本国債は安全です。」

何の根拠もなく、政治家、官僚、御用学者、マスコミ、経済アナリスト達は、今まで何度こう連呼して来たことであろう。

彼らの連呼を思い出していると、「国債安全神話の崩壊」と「原発安全神話の崩壊」がダブって見えて来る。
しんしんと日本は沈没しつつあるのではないか。



分からない

土曜日曜と岡山で研修でした。
先週東京の10名参加と打って変わり、今回は加古川市から1名のご参加。

10名参加の研修がほぼ定時に終わり、1名参加の今回2日目が午後8時半までずれ込んだ。
普通なら逆になるはずなのに、何故こうなるのか良く分からない。不思議だ。

前回は人数が多いので「ムダ話はしないこと!」と何度も自分に言い聞かせた。
スペースに余裕がなく窮屈な中で、ずっと身を縮めながら研修した。
今回は1名なので、ムダ話について何も自分に言い聞かせなかった。
東京より広い会場なので、とてもノビノビした気分で研修した。

この違いを考慮しても、普通4時に終わる実技がなぜ4時間半も長引いたのか解せない。
妻は私が「ほんとに不思議だ。」と言ってもニコニコ笑ってるだけで何も言わない。
内心は私のオシャベリが原因だと決め付けているんです。

プログラムがどんどんずれ込むことに納得行かない私は、「いやー、Hさんもけっこう話好きだし、どちらかと言うと僕より長い時間話してると思わない?」と何度も妻に同意を求めるのですが、彼女からは得意の<モナリザの微笑>が返されるだけ。

さらに納得が行かなかったのは、40歳の丸坊主のオジサン(失礼! m(_ _)m )であらせられるHさんまで、私が首を傾げるたびに<モナリザの微笑>を浮かべていたこと。

Hさん、研修も楽しかったし、Hさんの長ーいお話もとても面白くて為になりましたが、<モナリザの微笑>は止めといた方が良いですよ。
あまり似合いません。

で、結論は、
「今後ともよろしくお願いいたします。」



津山

昨夜遅く津山に戻りました。

昨日から名古屋では現場研修(OJT)が始まっています。
23~26日の4日間と月末30、31日も開催です。

どの研修もユニットバス全塗装です。
いつものようにハートランドとつぼの谷さんが、インストラクターです。
絶対に技術レベルが上がります。

皆さんが寒さにもめげず現場施工や研修でがんばってる中、申し訳ないことに私は今日チョッと元気がなかった。
津山よりせまい東京会場に、いつもより多い10人の参加者、これがいつもと一味違う疲れの原因でしょう。

1名参加の時も今回のように10名でも、研修の内容自体はまったく同じです。
ただプログラムの進行速度は、人数に合わせて上げる必要があります。
同じ理由で私も大声で話し続けます。

それと雑談タイムにも要注意です。
何も考えずに楽しんでると、10倍の時間を使います。
ま、これは私が一番あぶない。
研修前日から「ムダ話を減らすこと!」と何度も自分に言い聞かせてました。
おかげで2日ともほぼ定時に終わらせることが出来たのですが、お喋りな自分には結構なストレスだったかもしれない。

意外だったのは、<ノビノビ動けない>ことも疲れの原因となること。
道具ひとつ取りに行くにも、無造作に動くと人や物にぶつかってしまうので、ずっと体を縮めて動いていました。
本当に体が小さくなる訳じゃないから、ぶつかるものはぶつかるのですが、とにかく2日間ずっとそうしてました。
そうしたらこの縮こまり感、緊張感が、研修が終わってホテルに戻っても、翌日車で津山に戻ってる間もなかなか抜けてくれない。

こういう時、酒、特にワインは大事ですね。
家に戻りしっかり飲んでリラックスしたら、いつの間にか完治してました。
とっても疲れたけど、こうして妻や皆さんにワインのこの上ない尊さをお伝えすることが出来たので、今は幸せです。



大井町

大井町には感じのいい食べもの屋、飲み屋が大井。
研修1日目の夜、次女とモダンな雰囲気の中華料理店に行った。
昼間あまりに寒かったので、久しぶりに焼酎のお湯割を5杯(いや6杯か?)飲んだ。

娘から就活をふくめ、いろいろな話を聞かせてもらう。
リグレーズ、デカルク、そして経済のことしか頭になくなってしまった自分には、とても勉強になる。
ピント外れの発言ばかりで、適確なアドバイスや具体的なサポートが何も出来なかった自分に気付き、いま少し情けない気分です。
焼酎のせいだったと思いたいですね。

東京研修は雨まじりでとても寒かった。
研修中みんな震えていた。
北海道夕張からのNさんに「寒く感じます?」と聞くと「けっこう寒いですね。」との返事。
北海道の人でも寒く感じるくらい今日は気温が低いんだ、と納得しながら彼を良く見ると、なんと作業着の下はTシャツ1枚だ。
「そ、そんな薄着で平気なんですか!?」
皆しばらくこの話題で盛り上がる。

最後に私が、「でも皆さん、北海道の人は寒さには強いけど、暑さにはホント弱いですよー。」
「昔デカルクの研修でお会いした帯広のIさんなんか、春先なのに熱転写で使うオーブンの輻射熱が暑すぎると言って、1日中ウチワをパタパタさせてましたからね。」と言うと、Nさんを含めた皆がなぜかうれしそうに大笑い。

人は、「暑いですねー」、「寒いですねー」など時候や身体感覚に関する言葉のやり取りが好きですね。
自分が生きてることの手ごたえや、他者との一体感を感じれるからでしょうか。

こういう部分も私が研修好きな理由なのかもしれません。



東京へ

1ヶ月ぶりの東京研修に、今朝出発です。
ネットで見ると、この辺りは雨で東京が雪。
いつもと逆だ。
幸い今のところチェーン規制は無いようだが、何となく不穏な気配。
不測の事態に備えて、なんとかいつもより早く出発したい。

今回は6社10名の参加。
このうち山形からの1社3名はすでに全国リグレーズ工業会会員で、会社としては3回目の研修参加。
理論的な部分を再確認するための参加なので、実技は見学のみとなります。
だから新規参加者は、実質5社7名です。

研修1日目の夜は、子どもたちと食事の予定です。
大学3年生の次女は、先月から就活が始まった。
日本は若者が苦労する時代に入った。
いろいろ心配です。



今日から23日までの4日間、私へはいつでも電話して頂けます。
國米携帯電話 090-3746-1922
会社固定電話 0868-28-3087
土曜日と日曜日は、固定電話を私の携帯に転送しています。
どちらの番号に電話して頂いても私に通じます。
ノートPCももちろん持参するのでメールもOKです。




雪かき

なぜ午前4時に目覚めるのか?
きのうの雪かきと久しぶりの防水工事が原因かもしれない。

12年前に施工した、RC造一般住宅屋上・ベランダ防水の手直しをやりました。
エキスパンションジョイント部にクラックが発生している。
この部分は上下・左右・斜め方向と3次元で動くのでトラブルが発生し易い。
通常の雨降りでは問題ないのだが、積雪時にジワジワと浸水する。
いずれにせよ、私の施工の失敗だ。

この現場では防水工事だけでなく浴槽・浴室塗装、左官工事、クロス張替え、玄関ドア交換、カーポート設置など、いろいろやらせて頂いた。
先日漏水の下見の時、お風呂場の状態も見させてもらった。
全国リグレーズ工業会を始める1年前、今から12年前の施工ですが、何の問題もなく一安心。

今回は私の日程に余裕がなく、どうしても昨日終わらせる必要があった。
でもベランダと屋上の雪が問題だ。
竹箒で必死に雪かき。
手に豆ができ、ヒリヒリと痛い。
次にブロアーとヒートガンでクラック部を強制乾燥、そして防水処理。
リグレーズの道具が役に立つ。
なんとか5時前に終わる。

雪かき、久しぶりの防水工事、手に豆。
それでなくても変則的な1日だったのに、現場から帰社している時、会社近くの宮下橋で懐かしい人を見た。
散歩中のSさん。

不動産バブルが弾けるまでの10年間お世話になった取引先の元担当部長です。
当時私が30代後半で、Sさんは50代後半だった。
良く二人で現場を見に行った。
車の中でいろんなことを話した。
20年ぶりのSさん、それなりに年は取られたが、とてもお元気そうでうれしかった。

会社に戻り暖かいコーヒーを飲みながら、昔のことをあれこれ思い出す。
「時間や記憶はこのコーヒーのほろ苦さにも似ているし、手にできた豆のヒリヒリとした痛みにも似ている。」などとボンヤリ考える。

ほろ苦さとヒリヒリした痛み。
午前4時に目覚めた原因かもしれません。



”仕事始め”

心の中で、「2012年がどんな年になるのか、知る由もない。」と想いながら、年初の投稿をしています。
3月11日以降、どうして良いのか分からず、ただ立ち尽くすことの多かった2011年でした。
それでも2012年は、やって来ました。
いつもと違う新年です。

12月28日最後の現場を四国で終わり、昨日までの6日間ゆっくり休めました。
一昨日家族で行った石見銀山は、印象的でした。
世界遺産としての表の顔でなく、その背後で消去されつつある400年の歴史を知りたくなりました。
良く整備された街並みを歩きながら、「津波や原発問題もやがて表の顔だけになってしまうのでは?」と危惧するのは考え過ぎか。

実は、「今年最初の投稿、どう書き出せば良いのか?」と少々迷いました。
タイトルを「”仕事始め”」と決めた時、とても落ち着いた気持ちになりました。
普通に仕事を始められること、やるべき仕事があることに感謝します。

ReglazeとDecalqueの皆さま、そしてこのブログを訪問してくださる皆さま、2012年もよろしくお願いいたします。



負けたくない

ツナ沢君の話で大いに盛り上がった後は、負けず嫌いの私の出番です。

四国での疲れのせいか、私の左あごがかなり腫れていました。
子どもたちに指摘され鏡を見ると、左側だけ激しく下駄状です。
とても醜いが笑いも誘う顔だ。

子ども達 : 「あした絶対に医者に行ってよ。」
私 : 「ほっとけばそのうち治るよ。」
子ども達 : 「頭部の炎症を放っておくと細菌に脳がやられることだってあるんだ。ぜったい行かなきゃ駄目だよ。」
私 : 「脳か・・・、分かった、明日同級生のS君の所へ行くわ。」
子ども達 : 「お父さん、細菌大丈夫?S医院は眼科でしょ。歯痛が原因なんだから歯医者に行かなきゃ!」
私 : 「えー?下駄顔を治してもらうんだからS顔科でいいと思ってたわ。」

私の期待に反して誰も笑ってくれず、ため息だけが静かな部屋に流れた。
Tumaに、もといTunaに完敗です。

ふと気付いたのですが、今年の3月に末っ子の長男が家を出てから、私のおやじギャグが消えた。
笑ったりため息をついてくれる子ども達が居なくなって、やりがいを失ったのでしょう。
こういう処でも、モチベーションの大切さと、人は一人では生きて行けないことを実感します。



綱引きのツナ

28日の早朝、正月休みで次女と長男が帰って来ました。
私はその日、四国の現場を終わらせ午後11時頃帰宅しました。
ヘトヘトでした。

一息入れワイン飲みながらあれこれ話してると、大学1年生の長男は早速29日に高校時代の友達とボーリングに行くという。
今年の8月、インドに一緒に行った友達も合流するらしい。

妻 : 「あー、あの時の砂沢君ね。彼元気にやってる?」
息子 : 「お母さん違うよ。綱沢君だよ。」
妻 : 「砂沢君とばっかり思ってた。Tuna(ツナ=まぐろ)のツナ沢君ね。」
全員 : 約3秒の沈黙、そして爆笑

複数の言語を使えると、こんな思い違いや言い間違いが起こります。
晦日ではありますが、どうしても投稿したく思い・・・。



岡山研修2日目

目覚めたら雪でした。
ホワイトクリスマス、子どもたちが小さかった頃なら、大喜びです。
過去形・仮定形になってしまったのが、少しだけわびしい。

今年も残り1週間。
最後の技術研修は、順調に進んでいます。

2011年、有償・無償合わせて36回の基本技術研修を開催。
全てはここから始まる。
最初は誰も素人だ。
そして誰にもチャンスはある。
だから2012年も続ける。

仕事納めは、27日・28日四国での施工になりそうです。
「現場復帰&営業復帰 (1)~(14)」を実行に移してます。
ツボさえ押さえたら、仕事は取れます。

大変な1年でした。
いろいろなことを感じ、考えさせられました。
そして、いつものごとく結論は単純でした。
<起こったこと、感じたこと、考えたことを忘れるな。そして前を見すえて進め。>

まず今日の研修に集中します。



東京研修2日目

午前5時半起床。
寝ぼけた頭で今後の計画をいろいろ練る。
この半覚醒状態が良い。
覚めきった頭だと、いつもの平凡で見慣れた想念しかやって来ない。

そろそろ研修会場へ出発。
集中です。

師走です、やるべきこと、やっておきたいことがたくさんある。
今夜は早く寝て明朝3時前後に起きる。
道路が混む前に東京を抜け、明日の昼くらいには津山に戻りたい。

皆さんも良い一日を!



自分への焦り(パート1)

きのう皆既月食を見ることが出来ました。
夜遅く東京の息子が電話してくれなかったら見落としていたところです。

今日は久々に研修のない日曜日でした。
のんびりしている場合でないことは重々承知しているのですが、のんびりブログを書いていると、四国から「浴槽にヒビが入り、湯が漏れ出した。」と電話をいただきました。
(最近、この種の電話が増えている。)

すぐにでも駆け付けたいのですが、明後日から技術研修が始まる。
お客さまと、「さて、どうしましょう?」と一緒に頭を悩ます。

結局、明日FRPライニングによる止水と浴槽底面の補強だけを行い、私のスケジュールが空く22日以降に塗装仕上げをすることになりました。
10日以上空いてしまうが、明日の夜からお風呂は使っていただけるし、私も落ち着いて施工出来る。

これで万々歳と言いたいところだが、実は午後9時45分現在、とっても焦ってます。
「通常の仕事もしっかり溜まってるし、ライニング材や道具の準備も出来てない。そのうえ四国は遠いぞ! アーッ、時間が足りん!

時間がないと無茶苦茶焦っているくせに、「浴槽・浴室塗装と<時間>」などと、今でなくても良いことを悠長かつ延々と書き続ける。
これが問題だ。

そのうえ焦りながらも、この問題を解決するために、「私と<時間>」という新しいテーマで「自分への焦り(パート2)」を書こうとしている、遅筆で大馬鹿者の私がいる。
これがさらに問題を大きくする。

師走です。
さすがに「自分への焦り(パート2)」は、ありません。




4時間硬化型トップコート「グラステック9200」(その2)

前回、4時間硬化型トップコート「グラステック9200」(その1)で、「グラステック9200は、9100より早く塗膜が硬くなる。」、「浴槽・浴室塗装にとって、実はこれはとても良いことだ。」と書きました。
その続きです。



トップコートの硬化時間が、24時間から4時間に短縮されたことには二つの大きな利点がある。
(1)作業時間の大幅な短縮。
(2)硬度など塗膜物性の早期獲得。

これまで何度も書いて来たことですが、日本に於ける浴槽・浴室塗装業界は、日本特有の事情、すなわち<塗装後の使用環境が世界のどの国よりも苛酷である。>ために、<塗膜剥離が頻発し易い>という根本的な問題を抱えている。
(2)番は、この問題の解決に寄与する。

塗料の乾燥・硬化メカニズムは次のように分類されます。
① 揮発(蒸発)乾燥 
② 放冷(冷却)乾燥 
③ 酸化乾燥 
④ 融合乾燥 
重合乾燥 
⑥ その他

さらに⑤の重合乾燥は次のように分類されます。
(A) 熱重合乾燥
(B) 触媒重合乾燥
(C) 電子線重合乾燥
(D) 光(紫外線)重合乾燥
(E) その他

また塗料の乾燥・硬化プロセスは、概ね次のような流れになります。
(Ⅰ) set to touch(JIS指触乾燥-スプレー塗装において塗り重ね可能な状態) 
(Ⅱ) dust free(dust dry 塗膜にホコリが付いても払えば除去出来る状態) 
(Ⅲ) dry hard(touch dry JIS半硬化乾燥-塗膜を指先で軽くこすっても擦り傷が付かない状態) 
(Ⅳ) dry through(JIS硬化乾燥-塗膜を指先で強く圧したり、急速にこすっても圧し後や擦り傷が付かない状態) 
(Ⅴ) dry to handle(sanding dry 研磨可能な程度に乾燥・硬化した状態) 
(Ⅵ) full hardness(完全硬化)

浴槽・浴室塗装に用いられる塗料の多くは、主剤と硬化剤(触媒)が化学反応することにより硬化する、2液反応硬化型塗料です。
硬化メカニズムによる分類では、⑤重合乾燥の(B)触媒重合乾燥になります。
私たちが使う塗料は、スプレー終了後に⑤(B)の硬化機序(メカニズム)により乾燥・硬化プロセス(Ⅰ)~(Ⅵ)を経ながら、徐々に本来の性能(物性)を発揮して行きます。

徐々に=漸進的に」は、<時間>に関する副詞です。
浴槽・浴室塗装業務では、様々な局面で<時間を考慮する>必要に迫られます。
塗膜剥離を防止するという観点からは、<時間との戦い>を迫られる、と言い換えた方が適切かもしれません。

「施工に、何日かかる?」
「施工後、何日でお風呂に入れる? - 答えは(Ⅴ) dry to handle 」
「塗装は、何年剥がれない?」

こういう大きなテーマから、

「同一塗料をスプレーする時の、層間インターバルは何分くらい? - 答えは(Ⅰ) set to touch 」
「ベースからトップへ移行する時、wet on wetの原理を守り、層間密着を最大に確保するための最適時間は? - 答えは(Ⅱ) dust free と (Ⅲ) dry hard の間 」
「水分に極端に弱いポリエステル樹脂製品(パテ、ライニング剤etc.)を水研ぎする前に、必ず確保すべき硬化時間は?」
「<リフティング=縮み>を防ぐために必要な、リフティング・ゾーンの時間的定義は?」

このように非常に技術的で細かいものまで、浴槽・浴室塗装では<時間>への非常に微妙かつシビアな取り組みが要求される。

<時間>と<浴槽・浴室塗装>の微妙でシビアな関係について一例をあげます。

20年ほど前のことですが、塗装用資機材販売の最大手O社がこの業界に参入しました。
塗装業界でその名を知らぬ者はいないO社ですが、前述カテゴリーの⑤重合乾燥(D)光(紫外線)重合乾燥システムを採用し、紫外線照射機とT社製HVLP塗装機を、主に建築塗装業界向けに販売開始しました。
技術指導と塗料販売は、代理店本部としてのNUVC社が行う2社協力体制です。

紫外線硬化型塗料(UV塗料)は、塗布後の塗膜に紫外線を照射すると瞬時に乾燥・硬化します。
「作業が終わった瞬間から、お風呂が使用できる。」
これは、私たち施工者にとっても、ある意味理想的なシステムです。
ある意味理想的とは、<何年か後に塗装が剥がれさえしなければ>理想的、と言うことです。

数年後、O社はこの業務から撤退し、NUVC社は企業破綻しました。
全国リグレーズ工業会にも、このシステムで失敗経験のある建築塗装系会員が複数おられます。

(a) 着色顔料の使用、光(紫外線)透過率の低下、すなわち硬化不良
(b) スプレー塗装における素材、外曲面、内曲面の膜厚の差異発生、すなわち不均一な膜厚
(c) 紫外線ランプ形状と浴槽形状のミスマッチから来る特定部位の線量不足、すなわち硬化不良
(d) UV塗料が持つバリヤー性のレベル?
(e) UV塗料が持つ付着性のレベル?

事業撤退や破綻の原因は、(a)~(e)に関する考察が不足していたこと、そして何より販売開始前に、充分な実地テストを行なわなかったことだと思います。
これでは「世界一使用条件の厳しい、日本での浴槽・浴室塗装を甘く見ていた」と言われても反論できない。

私の立場から、(a)~(e)をキーワードに過去の塗膜剥離の原因を説明することは容易です。
しかし、
● UV塗料およびUV塗装システムは、本当に日本での浴槽・浴室塗装に耐え得る物性を持つのか?
● UV塗料は、本当に瞬時に full hardness(完全硬化)に至るのか?
という重要な問いには、あえて試験する立場にないため、答えることが出来ません。

これは素直に「答えを知りたい」ゆえのお願いですが、UV塗料メーカーや現在もこのシステムを使用する皆さんにいろいろ研究していただき、ぜひその結果を教えていただきたい。

- 浴槽・浴室塗装では<時間との戦い>を迫られる。 - と書きました。
塗膜が瞬時に硬化し、あたかも<時間との戦い>を超越し、それから解放されているかのUV塗料も、数ヶ月とか数年後の塗膜剥離という、新たな<時間との戦い>を強いられることになる。

やはり私たちの仕事では、<時間との戦い>と<時間への非常に微妙かつシビアな取り組み>が要求されるということか?

頭の中で誰かが「早いに越したことはないが、ただ早ければ良いというものでもない。」と意味不明の台詞をささやく。
私は「じゃー、どうすればいいんだ?」と少し苛立ちながら問いかける。

悩ましくてやっかいで、その上たいへん面白い仕事です。



- 続 く -




4時間硬化型トップコート「グラステック9200」(その1)

最近リグレーズのことばかり書いています。
そういう時期なのでしょう。

12月3日の技術研修1日目で、ある異変に気付きました。

浴槽・浴室塗装、家具塗装、自動車補修塗装などファインな仕上げを要求される業界では、塗装前の最終サンディングに400、320、240番等のペーパーを使うことが多い。
しかし、リグレーズ工業会ではかなり粗めの180番耐水ペーパーを使う。

浴槽・浴室塗装の世界では、徹底的に<理詰め>であると同時に、電子顕微鏡とまでは言わないが、少なくとも常時<虫眼鏡>を装着しているかの注意深さを要求される。
<理詰め>と<虫眼鏡>がキーワード、<大雑把>は絶対アカン。
必ず失敗する。

サンディングは、ペーパー目が粗い方が確実で早い。
しかし、目が粗すぎると塗装にペーパー跡が残る。
ペーパー番手選択のポイントは、塗装仕上げに支障が出ない、ギリギリの粗さを見つけること。
この「ギリギリ」がポイント。
「ギリギリ」でないと、サンディングに失敗したり、無駄な時間を費やすことになる。
<理詰め>と<虫眼鏡>と<ギリギリ>がキーワード、<大雑把>は絶対イカン。
必ず失敗する。

リグレーズの基本仕様では、high build(厚塗り)タイプのエポキシベースコートを使う。
だから、180番ペーパーでも研ぎ跡は残らない。
180番が「ギリギリ」の選択だ。

ところが、研修中のサンディングで2週間前にスプレーしたトップコートが、ギリギリの180番でうまく研げない。
何だか、いつもより塗膜が硬い。
止むを得ず120番で研ぎ直した後、180番で仕上げた。
時間がかかる。

11年間技術研修を続けていますが、こんなことは初めてです。

数ヶ月前に研修で使う塗料を24時間硬化型「グラステック9100」から4時間硬化型「グラステック9200」へ切り替え、たまたま「9200」で吹付けたバスタブの再塗装が、2週間(14日)後になったことが原因です。
180番ペーパーで研ぎ上げるには、塗膜が硬くなり過ぎている。

10年半以上使い続けた24時間硬化型「グラステック9100」では、研修でのサンディングが塗装後1ヶ月半(45日)以内であれば、一度もこういう現象は起こらなかった。
その時の気温などによりわずかな変化はあっても、基本的に180番、いやもっと柔らかい240番でも下地調整出来た。

浴槽・浴室塗装にとって、実はこれはとても良いことだ。



- 続 く -




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